日本人がはじめて牛乳を飲んだのは百済(くだら)から牛が輸入された欽明天皇(在位540~571)の時代のようです。この頃から酪(らく)、蘇(そ)、醍醐(だいご)という名で乳製品が作られたようです。これらが現在のどの乳製品に相当するかはいろいろな説がありますが、酪がヨーグルトにあたると考えられています。日本最古の医書である医心方には、酪、蘇、醍醐の効用として、全身の衰弱を治し、便秘を和らげ、皮膚を艶やかにすると記されています。古代日本では、乳製品は特権階級の間で利用された高級な滋養薬であったらしく、諸国の農民に乳や蘇を貢がせる制度もあったそうです。
この頃、乳生産は、朝廷主導の国家的事業として行われ、700年には増産のために官営牧場を全国に設け、蘇をつくることを命じた記録があります。製造方法は「1斗の乳を煎じて一升の蘇を得る」とあるのみで正体は不明ながら、古代から「病を癒す」「身体に良い」と愛されてきた乳製品があったことは確かです。
牛乳、乳製品は、平安時代の末期までは貴族のみに利用されていましたが、鎌倉時代中期に衰退し、1727年に徳川吉宗が安房の嶺岡牧場に白牛を導入して「白牛酪」を作るまで長い空白時代を迎えることとなります。