ヨーグルトひとくちチャンネル
ヨーグルト豆知識

ブルガリア菌を発見した
スタメン・グリゴロフ


grigorov

 利発な少年時代
ブルガリアヨーグルトLB81の主要乳酸菌であるブルガリア菌を発見したのは、ブルガリア人の若き医学生スタメン・グリゴロフでした。彼は1878年ブルガリアの貧しい山村トゥルンに生まれます。非常に過酷な生活環境で、生まれた時はすでに8人いた兄姉は死亡していました。
幼少の頃より利発だったグリゴロフは小学校、中学校を抜群な成績で卒業します。しかし、トゥルンには高校はありませんでした。貧しい家庭であったにも関わらず、両親はグリゴロフの才能を認め、苦しい生活を切りつめ学費を捻出します。そして、本人の優秀な成績もあり、首都ソフィアにある裕福な家庭の子弟 だけが通える高等学校に入学し、そこで優秀な成績を修めフランスの大学へ進学するのです。

 医学への目覚め
大学では自然科学を学んでいたのですが、そこで彼は医学の道に目覚めます。「自然科学は卒業しました。これからは医学の勉強をし、医師となって故郷に帰ったら多くの病人を助けることで恩返しをしますから、もう少しだけわがままを聞いて下さい」彼がフランスの大学からスイスのジュネーブ大学の医学部に進学する時に両親に書いた手紙です。

 ブルガリア菌の発見
壷父親からの送金が途絶えてしまい、一度は大学生活を諦めたグリゴロフでしたが、高校時代から付き合っていたダーリンカという娘と結婚することになり、裕福だった彼女の実家の援助で再び学業を続けることが出来るようになったのです。彼が勉学のため故郷を離れジュネーブへ向かう時、ダーリンカは、ブルガリアの伝統的な壷に入ったヨーグルトを手渡しました。その壷の中のヨーグルトのはっ酵菌を研究し、彼はブルガリア菌を発見することができました。ダーリンカの夫を思う愛が無ければ、この壷に入ったヨーグルトの研究もされず、グリゴロフの偉大な発見は無かったもしれません。

 故郷への思い
彼はブルガリア菌の発見により一躍注目を浴びます。当時細菌学の聖地とされたパスツール研究所でも講演を行っています。しかし、研究者として前途洋々の道が開けていたにも関わらず、彼は医学部を卒業後、あっさり故郷ブルガリアへ帰ります。医師になったら故郷へ帰って恩返しをするという約束を果たそうと考えたのでしょう。そして後半生を当時まだ後れていたブルガリアでの医療活動と、当時最も恐れられていた結核の研究に捧げました。しかし、満足な研究施設や実験器具もない研究のなか、自ら開発したワクチン過剰投与がもとで命を落とします。1945年10月27日、グリゴロフ67歳の時でした。
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